聞いていない話を、どうやって受け取るか

八月十五日。今日が何の日かを、わざわざ説明する必要はないと思います。 正午に手を合わせる方も多いでしょう。今年で八十一年目になるのだと、今朝知りました。
僕はその時代を生きていません。祖父母の世代の話を、正面から座って聞いたことも、 正直に言えばほとんどありません。聞いておけばよかった、と思うのはいつも、聞けなくなってからです。
同じ日が、お盆の最後の日でもあります。一昨日焚いた迎え火の反対側で、今日は送り火を焚く。 来てもらって、送り返す。その二つがきちんと対になっているところが、僕は昔から不思議でした。
体験していない人間は、何を受け取れるのか
数字や年号は覚えられます。けれどそれは、たぶん受け取ったうちに入らない。 僕がこの歳になって思うのは、人から人へ本当に渡るものは、 いつも歌とか、話とか、そういう頼りない形をしているということです。 理屈は忘れます。でも、一度でも一緒に声を出した記憶は、なぜか残る。
理屈は忘れる。でも、一度でも一緒に声を出した記憶は、なぜか残る。
第1回公演『佐賀の夜の夢』には、約4,200名のお客様に足を運んでいただき、 黒字で幕を下ろすことができました。数字としてはそれだけの話です。 でも僕にとってのあの公演は、舞台に立った県民の側にも、客席にいた人の側にも、 同じ夜が一つずつ残った、ということでした。 あの夜のことを、誰かが十年後に誰かへ話す。それがたぶん、渡るということなのだと思います。
忘れた人が、忘れなかった子どもから受け取る話
2027年9月26日、SAGAアリーナ。 第2回公演『ピーターパン 〜ネバーランドSAGA〜』を、昼夜2公演で上演します。 舞台に立つのは、佐賀の県民、約300人。
ピーターパンは、大人にならない子どもの話です。 けれど僕は最近、あれは「大人になってしまった側」の物語でもあるのだと思うようになりました。 忘れた人が、忘れなかった子どもから何かを受け取る話。
ミュージカルアカデミーの体験レッスンを受付中です。 渡す側でも、受け取る側でも構いません。どちらにも、席はあります。
今日はまず、静かな一日を。
もっと遠くへ行けるのではないか。