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稽古、キャスト、協賛、舞台裏。ネバーランドSAGAができるまでの物語を綴ります。

代表より2026.08.25

うまいから、残るのではない

今日は川柳発祥の日だそうです。江戸の町で商売をしたり子どもを育てたりしていた人たちが、その合間に書いた五七五が、二百七十年近く経った今も残っている。うまかったから残ったのではなく、その人の暮らしからしか出てこない言葉だったからだと思っています。

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代表より2026.08.24

振らないと、混ざらない

油と酢は、放っておけばきれいに分かれます。稽古場も同じで、小学生から七十を過ぎた方までが、ほうっておけば年齢で分かれ、経験で分かれる。だから毎週、振ります。それでも油が酢になるわけではない。そのあいだだけ一つになるから、おいしいのだと思います。

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代表より2026.08.23

夏を、もうひとつ越えた先に

この時期になると、決まって「今さらですよね」と言われます。でも次の本番は2027年9月26日、夏をもうひとつ越えた先です。つまり、今日から始めた人が、本番の日にいちばん長く稽古してきた人の一人になります。急がなくていい。でも、遅くもない。

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代表より2026.08.22

劇場の外に、停留所をつくる

「ミュージカルを観に行く」というのは、多くの人にとってかなり大げさな行為です。興味がないのではなく、行き方が分からないだけ。だから僕らは、モールの通路でも祭りの櫓のそばでも歌ってきました。停留所を、暮らしの道の上に置いているのだと思っています。

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代表より2026.08.21

もらわないほうが、濃くなるものがある

約300人は、出演料をもらって舞台に立つわけではありません。仕事を切り上げ、ガソリン代を使って稽古場まで来る。損得だけなら続くはずのないことが、それでも続きます。差し出しているつもりで、いちばん受け取っているからだと思います。

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代表より2026.08.20

合図がひとつあれば、知らない人同士でも動ける

交差点では、名前も知らない人同士が、色ひとつで一斉に止まり、一斉に歩き出します。約300人が揃うのも同じで、器用だからではありません。同じ音を聞き、同じきっかけを待っているからです。だから、はじめての人でも初日から入れます。

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代表より2026.08.19

自分の姿は、自分では見えない

歌っている最中、人は自分の顔が見えません。「うまくできんかった」と言って帰る人ほど、その日の写真ではいい顔をしている。本人が見られなかった自分を、他の誰かが確かに見ていた。だから写真には価値があるのだと思います。

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代表より2026.08.17

明かりをつけたら、来られる人が増えた

夜に照明がついた途端、それまで行けなかった人が球場に入れるようになりました。技術が増えたのではなく、参加できる人が増えた。第2回を昼夜2公演にしたのは、「その時間なら行ける」という受け皿を二つ用意したかったからです。

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代表より2026.08.16

消えてしまうものに、いちばん手をかける

花火は数十分で終わります。あれだけの手間をかけて、跡形もなく消える。それでも人は毎年、同じ手間をかける。舞台も同じです。消えると分かっているから、あの日みんなあんなに本気だった。残らないものだけが、人の中に残るのだと思います。

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代表より2026.08.15

聞いていない話を、どうやって受け取るか

八月十五日。体験していない人間は、体験した人の何を受け取れるのだろう。数字や年号は覚えられても、それはたぶん受け取ったうちに入らない。人から人へ本当に渡るものは、いつも歌とか、話とか、そういう頼りない形をしています。

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代表より2026.08.14

はじめは、みんな沈んでいた

泳げるようになった日を、覚えている人はほとんどいません。沈んで、立って、そのどこかで体が浮いていた。舞台も同じです。だから「うまくなってから来てください」とは言いません。順番が逆なのです。

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代表より2026.08.13

迎え火は、まだ来ていない人のために焚く

今日はお盆の入り。まだ誰も帰ってきていないのに、火だけが先に灯っている。来たから迎えるのではなく、来ると信じて先に明かりをつけておく。僕らも、まだ会っていないあなたのために稽古場の電気をつけて待っています。

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